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写真と文 石川文平

 

No.8「プリテック・ステージ」1995年10月号掲載

 

歩行禁煙

横浜市は、歩きながらたばこを吸うことを禁止する条例を発令した。日本初の歩行禁煙条例である。最近、喫煙者のマナーについては何かと論議される事が多い。無論マナーの良い喫煙者も多いが、特に若い女性の歩行喫煙には目を覆いたくなものがある。

おやじの厳しい目で観察して見ると、その手の女性の殆どが外股で、かつ早足で歩いている。たばこの吸い方がやや大げさで、数歩歩いてはたばこの手をオーバーに口に持って行き、吸い込んだ煙を前方やや斜め30度に勢いよく吐き出す。この様な女性は必ずと言ってよいほど、たばこを人さし指と中指の間に深く挟み込み、火の付いた方を外側に向けて持っている。まるで火を振り回しながら煙を吐き出して進む汽車のようだ。

どうも若い喫煙女性の間で、男っぽい歩行喫煙が一つの流行になっているようである。たばこを吸いながら歩くのがかっこいいと錯覚しているのは、少し情けない。女性のしぐさをあまり細かく批判していると、女性蔑視と叱られるかも知れないが、人権とマナーは違うものであるから、女性には女性としての美しいしぐさを、マナーの一つとして考えてほしいものである。

 

世の中には男と女しか居ない。男も女も必要だからこそ存在する。人類は何万年もの間、男と女がそれぞれの役割を認め合って生きてきた。文明や文化が成熟した今、基本的人権に男女の差が有るべきではないと言うことは、先進諸国の常識となっている。

常識ではあっても習慣的に守られない事などに対し、男女同権論が出てくる訳であるが、最近は、ややもすると男女の性差不要論と錯覚しそうな発言が多い。 人権を守ることは異性が全く同じことをする必要が有るという意味では無いはずであるが、女が男と同じ事が出来ないことを社会問題とすることが多い。

人権論なのか性差不要論なのか、問題にしている当人も不明瞭なようである。男女の性差が不要ならスポーツでもその差を無くすべきであろうが、そうすると、オリンピックで女性が金メダルを取れる可能性の有る種目は、新体操やシンクロナイズドスイミングなど限られたものになってしまう。

尤も、男もシンクロ競技に進出し、あまり見たくもないすね毛の足を、見なければならない羽目になるのかも知れないが。こう考えると、そもそもスポーツは力の競い合が原点であり、男にとって有利な種目ばかりである。ここでまた、おかしな同権論者は、オリンピック種目を見直すべきだなどという、とんちんかんな意見を言い出すのかもしれない。

地球に生きる以上、人間の男と女も、地球上の生物の法則に従って各々役割をはたしている筈である。男にはどう努力しようとも子供を生むことは出来ない。地球上の生物は、種の継続を究極の目的として、合理的に生きる術を身につけて来た。文明が成熟し安全で豊かになればなるほど、生き延びるための性の差の役割は重要でなくなる。

倫理的な事は別として、科学の発展が出産までも女性の体を必要としなくなったとすれば、男女の性差に意味がなくなる。女性の筋力も向上し、スポーツに男女差を設けることも必要なくなる。こんな時代が本当にやって来たなら、人間は地球上でどんな生き物になって行くのだろうか。歩きたばこの女性の姿を、嘆かわしいと批判しているおやじの時代は、まだましな時代と言えるのかもしれない。

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