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写真と文 石川文平

 

No.7「プリテック・ステージ」1995年9月号掲載

 

集 団

「鷹一羽 見つけてうれし 伊良湖岬」芭蕉の句であるが、鷹が集団で移動 する光景を”鷹の渡り”と呼んで、昔からその地方では秋の風物詩となってい る。

中でも特に有名なのが伊良湖岬で、10月1週目の休日にはバ―ドウォッ チャ―が大勢集まる。サシバという種類の鷹であるが、猛禽類は肉食の餌を獲 るため普段は単独行動をしているのに、何故かその時期に集団で同一コ―スを とって南に渡るのである。多い日には数千の大群になり、気象条件が良い日は 青空に、まるで雲霞のごとく鷹のわき出る様子を見る事が出来る。

10月の澄 みきった空を鷹が集団で渡る姿は、自然の壮大な流れに従った生命の不思議を 感じさせられる。その時期に集団で移動するものは鷹ばかりではない。ヒヨ ドリやハクセキレイなども集団になって移動する。ヒヨドリが海を渡る時は、 まるで団子の様に塊を作る。猛禽類に狙われないように岬の先端から一気に海 面まで急降下するのだが、そのタイミングが難しいらしくなかなか海に出られ ない。

団子状になったヒヨドリの塊が、まるで一つの生き物の様に動く。それ を狙ってハヤブサが飛び込む。秋空に繰り広げられる大スペクタクルである。 私はこの光景を見て以来、バ―ドウォッチングに取り憑かれてしまった。

 

ヒ ヨドリの集団は、サシバの集団と少し様子が違う。サシバの集団が個の集団で あるなら、ヒヨドリの集団は和の集団と言える。イワシが群れて大きな外敵か ら見を守るのと同じく、まるで意志の疎通が有る様に一体として動く。サシバ は、あくまでも一羽の個体として淡々と南へ向かって羽を動かす。いずれにし ても、生き物にとって集団になるのは安全と種の繁栄の法則によるのだろう。 人間に当てはめて見れば、日本人は和の集団で欧米人は個の集団と言えるかも 知れない。

集団は、知恵を持ちはじめると秩序やル―ルが出来てきて社会と なる。世界の人種の個性について研究した訳ではないが、日本人の集団行動で 特色的なものはいくつも挙げられる。

最近目につくものに、大人社会ではラ― メン屋行列現象、子供社会では”いじめ”現象がある。ラ―メン屋行列現象は 、別段社会問題になっている訳ではないが、食料の行き届いた先進諸国では食 べ物屋に行列を作る話はあまり聞かない。ラ―メン好きの私もついつい並んで しまう方で、こちらの方は面白い現象だと笑って済ませられる事だが、いじめ となるとそうはいかない。私は、十分に成長しきっていない子供達にとって学校という集団の中で、何かアンバランスな状況が発生しているのではないかと考える。動物を閉鎖的な密集状態の環境に長時間置くと、共食いが始まるそうである。その根本原因が何かは知らないが、いじめについても何か共通点が有るのかも知れない。「和をもって尊し、として来た日本人に、個人主義思想が 入り込んだ歪み」と言う仮説は行き過ぎだろうか。

インタ―ネットが世界の 情報インフラとなりつつある。ラ―メンに行列を作る日本人にとって、世界の 情報はどの様に吸収消化されるのであろうか。情報の網が世界中を覆い、世界 の中の個として自分自身を意識したときに、日本人にとって、大人社会の”い じめ”現象が起こらないことを願う。

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