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写真と文 石川文平

 

No.6「プリテック・ステージ」1995年8月号掲載

 

終戦後

印刷、出版、電話、ラジオ、テレビ、ビデオ、有線テレビ、ニュ―メディア 、CD、ファミコン、パソコン、CD―ROM、ポケベル、携帯電話、衛生放送、ハイビジョン、ISDN、インタ―ネット、PHS、TV電話、TV&パ ソコン、デジタルカメラ、マルチメディア、etc。思いつくままに戦後のメ ディアを羅列してみると、ここ数年急激にその種類が増加している事に気付く 。

戦後と言っても、私は団塊の世代であるから戦争は知らないが、父母からは 体験談をさんざん聞かされて育った。日本ではこの八月十五日が50回目の終 戦記念日に当たるが、第二次大戦にかかわった世界各国が、色々な思いで今年 の終戦五十周年を迎えている。

戦後十数年経った小学校3〜4年生のある時 、担任の先生が「家にテレビが有る者手を上げろ」と言ったのを覚えている。 手が上がったのはたった2名であった。その二人に対し、クラス中の羨望の眼差が集まったことは言うまでもないが、その日から二人の家には近所のクラス メイトが押しかけた。実はその先生も時々見に行っていたらしい。三十数年前 の東京の話しである。

我が家にテレビが入るまでの楽しみは、近所の家で見せてもらうテレビか、家中で聞くラジオの連続ドラマであった。「君の名は」の 話は有名であるが、子供のわたしは当時人気のラジオドラマ「笛吹き童子」、「少年探偵団」などを、手に汗を握って聞いたものである。ラジオは情景を想像しながら聞いたが、テレビはストレ―トに楽しめた。

 

テレビを「一億総白 痴化」と表現したのは大屋壮一氏だそうだが、テレビメディアは戦後の日本をその通り大きく変化させた。戦後の日本人思想はメディアによって作られたと言 っても過言ではない。流行はあっと言う間に全国に広まり、昔の様に1年も続 くヒット曲など無くなった。

新しい事だけで価値になり、伝統や慣習や、おじさんやおばさんなどには価値を感じなくなった。若いことがトップ情報で、女子大生はすでに古く、高校生を子ギャルと呼び、孫ギャルまで生みだすのは、 日本人の”新し物好き”がこうじた典型ではないだろうか。”きものの着れな い日本人”つまり日本人の衣服であるきものすら自分で着れなくなった日本人の生活変化は、日本文化をどんどん捨ててきた一つの例とも言える。

日本の美 しい海岸線と引き換えに、我々は便利さと豊かさを得た。謙遜を美徳とし、我慢強く、礼儀正しかった日本人の価値観がこの50年で激変し、戦前の日本人からすれば白痴化に等しい変わり様とも言えるだろう。

50年、長いようで あるが、僅か一世代の交替期間である。子から孫へ伝えるのにこの様に激しく価値観が変わって、果たして熟成された日本文化が生まれて来るのであろうか 。

今後メディアがマルチ化し、情報がパ―ソナル化して世界ネットで流通し始めると、この傾向は更に増幅され、もっと速いスピ―ドで変化するであろう。 既にコンピュ―タ関連のハ―ドやソフトの目まぐるしいバ―ジョンアップは、 人間の生理的テンポの限界を越えていると言える。

速すぎる物事の変化に、我々は翻弄されてはいないだろうか。この50年間に日本が失ったものに対し、 得たものは何だったのだろうか。冷戦が終結して、世界に平和が訪れたと言う人もいるが、今後戦争が無くなったとしても、その事だけで果たして平和と言えるのだろうか。

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