サイトマップメールhome

写真と文 石川文平

 

No.58「プリテック・ステージ」2000年1月号掲載

 

ミレニアム2000

■私が西暦2000年を初めて意識したのは、小学校2年生の時だったと思う。4つ年上の姉と西暦2000年にはお互いが幾つになっているか計算した事があった。二人は四十数年後の50歳を越えた自分達を想像し、思わず「そんな歳まで生きているかなー」と言ったのを覚えている。子供の頃の自分にとって50歳を越えた歳というのは、想像もできない程の年齢だったのである。■日本で2000年をミレニアム祭として話題にし始めたのは、昨年暮れになってからのことのように思う。小渕首相が国会などでミレニアムを多用するものだから、急にあちこちで使われ始めたが、日本人にはなじみの薄かった言葉である。欧米ではキリストの再臨と統治を意味する「至福千年」とか「千年王国」という考え方があり、キリストの支配する平和な時代の到来を切望する宗教色の強い思想である。まあ、クリスマスとお正月をごった煮状態で祝っている日本では、ミレニアムを大いに楽しめばよいと思うが、政治家は他宗教の国との外交中にミレニアムを多発しないほうがよさそうだ。■記念すべき2000年のカウントダウンは、コンピュータの2000年問題で水をさされた形になった。この文章を書いている今はまだ年末で、2000年問題の結末が見えないのが残念だが、新世紀への大変革の象徴とも言えるコンピュータが、何とも稚拙な設定ミスで無駄なエネルギーを大量に消費したことは間違いない。これも、私には世紀末のイメージに合った現象の様に感じる。ミレニアムが天使の響きならば、世紀末は悪魔の響きの感じがするのである。あの聖鬼魔鵺も解散公演に忙しいようだが、新世紀には天使のメイクで登場するのだろうか。このイメージはあまり想像しない方がいいようだ。アメリカはバブルがまだ弾けそうになく、ハッピー・ハッピーで新世紀に突入するのかもしれないが、小渕首相を筆頭に日本の舵取りをしている人達は、後はキリストのミレニアムを切望するのみということでは情けないが。 ■私はといえば、この記念すべき2000年に居合せたことを感動とともに感謝している。1000年に1度しか経験出来ないこの時期に、自分が存在しているという確率を考えれば相当にラッキーなことだと言えるからである。我々には必ず両親が存在する。自分の1代前は2人、2代前は各々2人づつだから4人、3代前は8人。平均30年で子供を生んだと考えれば1000年前は33代前となる。これは2の33乗ということで、何と85億8千9百9十3万4千5百9十2人ということになるのである。千年前でもこれだけの数なのだから、縄文時代初期の1万年前まで遡ると、2の330乗という天文学的人数になる。これらの人達の一人が欠けても自分は生まれていなのだから、自分がこの世に存在する確率は極端に低い。さらに2000年という節目の年に居合わせる確率を考えると、宝くじに当たるよりもラッキーなのである。■21世紀は情報経済の時代だと言われ始めた。社会主義も資本主義も人類の価値観も大きく変り始めているが、先ずは、2000年という節目の年を大いに祝いたいと思う。もし偶然の確率が続くとすれば、1000年後には85億の縁者を残すことになる。第三ミレニアム期のスタートの年、前後85億づつの合計170億の縁者を想像できる素晴らしさは、2000年という特別な節目の年がくれたお年玉なのである。

 |INDEX|

 

*このHome pageに掲載している写真及び文章の著作件は
石川文平に帰属します。無断転載を禁じます。