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写真と文 石川文平

 

No.53「プリテック・ステージ」1999年8月号掲載

 

種なし西瓜

■今年の夏の訪れは華々しかった。関東地方では落雷が2日続いて一気に梅雨が明けた。そしてギンギンの夏日が始まった。いつ梅雨明けしたのか分からないような夏の訪れよりも、はるかに気持ちがいい。夏は暑く冬は寒いのが日本の本来の気候である。暑い寒いのメリハリのある気候の時が景気も活性化すると言われているが、この夏以降の景気も梅雨明けのようにドカーンと回復してほしいものである。■夏といえばスイカ。いやいやスイカといえば夏であろうか。冷たーく冷えたスイカを大口を開けてシャキシャキシャキっと食べ、種をプップップッと出す。こんな食べ方をする人と、先ずは種をチョンチョンチョンと取ってから思いきりガブリとかぶりつき、ゴックンと喉を潤す。食べ方はさまざまだが、種取り派にとっては種なしスイカが食べ易いということになる。ところがスイカの食べ方はそれほど単純ではないようで、種取り派でも種がなけりゃスイカじゃないよと言う人も多い。そう言えば果物屋さんの店頭には種の有るスイカの方が多く並んでいる。黄色いスイカも最近はあまり見なくなった。日本人にとっては、緑の縞模様にまっ赤な実がつまって黒い種がついたスイカが夏の風物詩ということらしい。■種なしと言えば他にブドウもあるが、こちらの方は食べ方にこだわる人は少ないようだ。ところが産地の人達に言わせると、いちいち種を出すブドウの食べ方はナンセンスなんだそうである。ブドウは、種を出さずにツルンツルンと皮のまわりの甘ーいおつゆをすすりながら、ゼリー状の実を飲み込むのが本当の食べ方なんだそうだ。「ブドウの種を飲むと盲腸になるんじゃないんですか?」と尋ねると、ハッハッハと笑って、「それが本当なら、この町の人達はみーんな盲腸になってるよ。」ということである。産地では、ブドウは喉ごしを楽しむものらしいが、店頭を見るかぎりこちらは種なし派が優勢の様である。■そもそも、種なしスイカはどうやって作るのか不思議に思うが、実は立派な種がある。普通のスイカに、ある交配をすることでこの種ができ、その花に普通のスイカの花粉を交配すると種なしスイカが実るのだそうである。だが、このスイカは次の世代を残すことは出来ない。人間の都合で作られた果物に少し哀れみを感じるが、驚いた事に何と野菜の殆どがすでに種無し状態なのだそうである。種無し野菜?あまり意味が無いように思うが、実はこれには大きな意味が隠れている。 つまり、農家は野菜を作るために毎年種を購入しなければならない。種を握るものは農業を制すると言っても過言では無いのだ。これは種屋さんの争いどころではなく、国家間の食料問題としても深刻なのである。■味や質を優先させた品種改良の結果が、種無し野菜をつくり、ダイオキシンなど環境ホルモンが種無し生物をつくる。したがって、花粉や精子が無くても人工的に生物を増やせるバイオやクローンの研究を急ぐ必要が出てきた。勿論これは私の邪推である。とはいえ、人間の知恵は自然の摂理を超えることが出来るのであろうか。いやいや、そんな事にこだわるよりも、真夏の太陽のもと、がぶりっシャキシャキごっくんと、甘いスイカで喉を潤しながら、日本の風物詩を楽しむ方が良いにきまっている。

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