サイトマップメールhome

写真と文 石川文平

 

No.5「プリテック・ステージ」1995年7月号掲載

 

メディア時代と手打ち蕎麦

「昔々あるところに、おじいさんとおばあさんがおった・・・」何故か昔話 はこの様に始まる。

落語の話しだが、同じ事を疑問に思った子供が、自分を寝 かせようと昔話を聞かせてくれている父親に、何故お父さんとお母さんじゃな いのか、何故いつも或る所なのか、などと問い詰めると、父親はしどろもどろで 答えられない。そこで子供が、「昔話というのは、いつどこで誰が聞いても興味が持てるようにしてあり、お父さんお母さんよりも更に経験の深いお爺さん お婆さんの方が話の説得力が増すんだ」などと、どこから聞きかじったか例え 話しを交えながら得々と説明をし始める。その話に関心しながら聞き入っていたお父さん、いつしかスヤスヤと寝入ってしまい、「無邪気なもんだ、親の寝 顔はいつ見ても罪が無い」と子供がつぶやくのが落ちになっている。

情報過 多の現在では、父親が子供を寝かしつけるために横になって話しをしてやる情景など、あまりイメ―ジ出来なくなった。テレビやファミコン等マルチメディ ア型の楽しみが増え、親から興味有る情報を得ようなどという殊勝な子供は少 なくなった。この落語のテ―マは、子煩悩の父親とませた子供のコミュニケ― ションであるが、いつの時代も、親は子供とのスキンシップを望み、子供は親を観察しながら背伸びしようとするものである。

 

父親に威厳があり、且つ、 親の都合でスキンシップを強要出来た時代は、子供の手を引いて風呂屋の道す がら「男子厨房に入るべからず」などと教えたりしたものだが、パソコンの使 い方を子供に教えてもらっている図には、親の威厳はあまり感じられない。

し からば、お父さんにも出来るものが有ると、厨房に入って料理など作ってみたりするのだが、女房曰く「材料費など考えずに珍しいものを作れば子供に受けるのは当然よ、お母さんに楽させてやるよ、なんて体裁のいいこと言ってるけ ど、作ってる間中気が気じゃないし、後片付けする身にもなってちょうだい!」 だそうで、あまり女房の評判は良くないようである。

それにもめげずこの傾向、最近益々強まって、更に素朴で技工的な手打ち蕎麦ブ―ムに発展しているようだ。実は私もその一人で、自宅で遊び半分に打った蕎麦が、結構上手く出来てしまったのが間違いの始まりであった。よせばいいのに二度目にはお客さんまで呼んで「旨い蕎麦をご馳走しましょう」などと自慢しながら打ったものの、そばの形にもならないぶつ切れで、スプ―ンで食べるという情けない結果に終わったのである。

ご招待したお客さまには「いや―、蕎麦の香りがとても いいですよ・・・」と慰めの言葉まで頂戴し、このはずかし―い経験が、お父 さんの蕎麦打ち修行に火を付けたのは言うまでもない。

世の父親の間に、密 かに蔓延し始めた手打ち蕎麦症候群。打っている間の表情は、子供が粘土遊びをしているようで実に無邪気なものである。うまく打ち上がろうものなら、父親の偉さを全てこの蕎麦が代表しているかのごとくに、誇らしげになる。

この単純なお父さんの心理状態を子供たちもしっかり見ぬいて、凄い凄いと相槌をうつ。味の程はと気にしていれば、すかさず「おいしいね―、お蕎麦屋さんが 開けるくらいだ」などと巧みに擽られると、お父さんは涙を流さんばかりに喜 んで「やはり家庭には父親の存在が必要だ・・・」などと、訳のわからぬことを心の中でつぶやきながら、満足感に浸り込む。ニヤニヤしたその表情を読んだ子供たち、心の中で「無邪気なもんだ、親の笑顔はいつ見ても罪がない」。

 |INDEX|

 

*このHome pageに掲載している写真及び文章の著作件は
石川文平に帰属します。無断転載を禁じます。