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写真と文 石川文平

 

No.47「プリテック・ステージ」1999年1月号掲載

 

100匹目のサル

■1999年ウサギ年、ノストラダムスのあの予言の年でもあります。初詣はもう済ませたことと思いますが、今年はどんなことを神様にお祈りしましたか。「世界の終末がやってきても私だけは助かりますように」などとお祈りしても願いは叶わないのだそうです。祈るとは自分の願望をいうのではなく、他人や世の中の事を感謝することだと聞いたことがあります。しかし誰でも自分の願いを叶えたいものですよね。そこで、願いが叶うお祈りの方法という耳寄り情報があるんですがいかがでしょうか。でも、私が直接神様に聞いたわけではありません。ある人が神様から聞いたという話しの受け売りですので悪しからず。■先づ神様いわく、本人が信じていることは実現出来るが、信じていないことは実現できないというのが大原則なんだそうです。つまり自分は幸せになれると信じている人は幸せになれるが、そう思っていない人を幸せにすることは、神様にも出来ないというわけです。私たちが神様に手を合わせて、心の中でつぶやく内容の殆どは「こうなりたい」「こうしてほしい」という願望です。神様はその人が言葉にした信念を実現するのですから、こうなりたいと思っている状態、つまり、”願望状態”だけを実現させるということになるわけです。 どうやら願いを叶えるためには、”こうなる”と固く信じることから始める必要があるようです。「私はこうなる。神様ありがとう。」これが実現するお祈りだそうです。「信念を持てば本当に叶うのか?」そう言われても私には保証できません。しかし、少なくとも人頼みをしているよりも可能性は高いのではないでしょうか。■最近100匹目のサルという言葉をよく耳にします。ある現象が一定量を越えると、一気に他の者たちに広がる現象を言うようですが、そこには超常的な意味合いが含まれているようです。ライアル・ワトソンという学者が九州の幸島のニホンザルの行動を見て初めて提唱した言葉だそうです。若い猿たちが始めた芋を洗って食べる習慣がだんだん広がり、ある定量を越たとき、通常の伝達手段が及ばない距離を隔てた他の地域の猿たちも、突然その行動をとりはじめたというものです。ちょっと超能力的な話しですが、集団のエネルギーが社会を変えるという可能性を言っているようです。この現象に対する意見は学界でも賛否両論あるようですが、願いが叶うお祈り程度に、可能性があると考えてみても面白いのではないでしょうか。■あのノストラダムスの予言も世紀末が終末をイメージさせる不安感から、その不安が人類の一定量を越えると、ハルマゲドンの様な現象を引き起こす可能性があるということを言っているのかもしれません。100匹目のサルの法則が正しいならば、人類全てが平和で健康な人生をおくることを固く信じて生活すれば、不況も戦争も環境破壊もなくなるに違いないのですが。

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