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写真と文 石川文平

 

No.4「プリテック・ステージ」1995年6月号掲載

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予言と予測

「予言」といえばノストラダムスが有名であるが、最近では、あのオウム真 理教の”ハルマゲドン”に関する予言の方が話題を生んでいるようだ。いずれ にしても、予言を信じている人はどれ位居るのだろうか。

勿論あまり多くはないであろうが、当たったら面白い(?)と思う人や、当たる事にある種の期待をしている人は結構多いのではないかと思う。何を期待するのかと言えば、予言の結果ではなく、当たったという不思議さに対しての期待であろう。超能力 やUFOの人気が高いのも、殆どの人が不思議さに対して面白味を感じたり、 期待しているからであろう。不思議は好奇心の原動力である。

「予言」と「 予測」の違いは辞書を引けばすぐわかる事だが、使い方のニュアンスに、辞書 の解説と日常の使い方との差を感じる。辞書には、予言とは”未来を予測して 言うこと”(講談社・日本語大辞典)と出ている。しかし、その言葉通りに使 うならば、経済予測に対して言った言葉は予言ということになる。ところが、 一般的には経済予言とは言わないし、経済予測を予言するとも使わない。

辞書 のあら探しをしている積りはないが、「予言」は個人感覚的なものが基になっ ているように感じる。「予想」や「予測」となるともう少し現実的な話になり、何等かの根拠が存在しているように思う。競馬などは予想と言うし、経済 動向などは予測と言う。予想は、どちらかと言えば経験的なものに使い、予測 はさらに科学的、分析的要素を含めて使っているように思う。

いずれにしても 、予想や予測も当たり外れに対する期待感が、面白味になっていると言える。 最近はこれをコンピュ―タに処理させて、株価や競馬の予測をするソフトも開 発されているようであるが、コンピュ―タがやったとなると、競馬も「予想」 より「予測」という表現の方がふさわしく感じるから面白い。余談だが、この 勝ち馬予測ソフト、結構勝率が高いのだそうである。

デジタル化が進みあら ゆるデ―タが蓄積されて来ると、コンピュ―タの解析精度も上って来て、最近 の天気予報の様に的中率が高くなって来るに違い無い。こうなって来ると、あ くまでも予測だからあてにならない、などと言ってもいられなくなって来る。

商売に絡んだ計画などにも利用されて来るから、外れる事はかえって問題視さ れされるようになる。天気予報も昔は、当てにならない事の代名詞であったが 、最近は確率が高くなり、天候予測を基に生産計画を立てている企業も多い。

天候の長期予測は、気象庁とは別に精度の高い解析をし、企業と個別契約でビ ジネスを行う新事業のようである。今後他のジャンルに関しても、色々な解析をする ”予測ビジネス”が沢山出てくるに違いない。

予測の精度が高くなると、言葉の持っている意味も少しずつ変って、中に含まれている曖昧さや夢の要素が 消えて行くのだろう。そのうちコンピュ―タが予言も出すようになり、「この予言は、コンピュ―タが出したものだから絶対に当たる。」などと言う、不思 議な会話が聞かれるのかもしれない。

言葉の意味など、拘るまでもない事と言 ってしまえばそれまでだが、曖昧さの中で、夢や、可能性や、好奇心に、胸を 躍らせている方が人間的だと感じるのは、デジタル化アレルギ―による感傷で あろうか。

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