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写真と文 石川文平

 

No.36「プリテック・ステージ」1998年2月号掲載

 

幕末・明治の写真

■のっけから位牌の話しで恐縮だが、私の祖父の位牌には本人の顔写真が入っている。こういう位牌は何とも不思議なもので、仏壇の奥から顔がぼーっと浮かび上がっている時などはあまり嬉しくない。こんな位牌を作っている家はめったにないと思うが、当家の親類には余程変わり者がいたに違いない。先日本家に行った時その位牌を改めて見たが、手元でしみじみと見たせいか、幕末生まれの祖父と対面している様で不思議であった。そんな事があった後、本屋で「幕末・明治の写真」(筑摩書房)という本が目につき思わず買ってしまった。中には幕末から明治半ばまでの貴重な写真が沢山載っている。写真をじっくり見ていると当時の様々な思いが写し込まれていて面白い。■ペリーの黒船が来る数年前に日本に写真機が入って来た。ダゲレオタイプという銀板写真である。この方式は直接銀版に像を焼き付ける為、露光時間もかかる上1枚しか写真が作れず、しかも左右が逆像になってしまう不便なものであった。日本では着物の襟の合わせが逆になってしまうし、侍の場合は刀も左利きのように写る。縁起をかつぐ事の強かった当時は、それを喜ぶ訳がないのだがそれでも写真は広まった。どうやら撮影の為に着物を左前に、刀を逆に差して撮ったようである。だからよく見ると初めて着た七五三の衣装の様に着こなしが妙にぎごちないし、後ろに写っているお付きの侍は襟が逆になっていたりする。しばらくするとこれらの問題点を改善する湿板写真が登場する。この時期には撮影者も被写体の側も余裕が出て来たようで、多様な被写体が登場し写し方にも変化が出てくる。中でも罪人を縛って連行する目明かしの写真は、目明かしが伏し目がちで罪人のほうが目をぱっちり見開いて堂々としているのが面白い。 ■この頃の写真の被写体は人物が多く、明治維新を動かした著名な人物も沢山撮影されている。桂小五郎、高杉晋作、阪本龍馬等々。慶応2年撮影の高杉晋作の頭に”まげ”はすでになかった。”ざんぎり頭”という言葉は知っていたが、現代に十分通用するなかなかかっこいい髪形である。刀さえ握っていなければ昭和初期の写真と言われても分からない位だ。彼はこの写真を撮った翌年明治維新を見ずに死んでいる。西郷隆盛の顔はあまりにも有名であるが、我々が知っているのは絵や銅像であり、現在のところ本人の写真と断定出来るものはないようである。写真と絵が最も違うところは事実の存在感であろうか。西郷隆盛の顔はよく知っているが、高杉晋作や桂小五郎の写真を見ていると遥かに近い関係でその人物を知った気がするのは不思議である。■我々が古い写真を見るとき、単純に過去の記録としてのみ見てはいないだろうか。写真は撮った瞬間から過去になる。だからといって過去の記録を作るのだと考えて撮る者はいないと思う。少なくとも現在の記録を残したい、あるいは将来の思い出の為にと思って撮っているのである。写真には未来への思いが込められているのだ。言い替えれば、写真は現在の瞬間に過去と未来を写し込んでいるのである。古い写真は、過去の記録として見るのではなく、その写真の中に写し込まれた未来へのメッセージとして見てみるべきなのかもしれない。古い写真を見ていて本人と対面している様に感じられたとすれば、その写真に写しこまれた未来への思いを、時間を超えて感じ取れたのかもしれない。

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