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写真と文 石川文平

 

No.35「プリテック・ステージ」1998年1月号掲載

 

年賀状

■子供の頃年賀状に「お目出とう」と書く度に、目が出て何でおめでたいんだろうと思った。実は”めで(愛)る”がその語源で”めでたし”は、愛するものを大切にしたいという気持ち。つまり、優れたものや貴重なものを喜んだり祝ったりする様子を言うのだそうだ。目出るという字は当て字で、他に芽出るとも書くようだ。芽が出ることはものの初めで縁起のいい表現でもあるのだが、何故か年賀には”目”の方を使っているのが不思議でもある。そして、おめでたいと”お”を付けると馬鹿正直や愚か者の意味になるから面白い。■日本の年賀状の習慣は、明治初期に郵便葉書が発行されて以来ということである。郵政省も行革で何かと大忙しだが、郵便の歴史はけっこう古い。何と大化の改新の頃に書簡を運ぶ駅伝制度の記録があるそうだ。大化の改新といえば今から1300年以上前である。日本人の知恵は大したものだと感心したが、実は、その千年以上も前の紀元前500年代の古代ペルシャにこの駅伝制度の記録があるそうだ。それから千年以上もかかって日本に伝わって来たわけである。当時は政治的情報収集が主な目的だったようであるが、その後民間の力も加わって飛脚などの形で江戸末期まで活発に機能していた。 明治維新現在の郵便制度に改められて郵便は列車、自動車、飛行機と時代の物流に依存しながら発達して来た。最近は「年賀レタックス」なるものまで登場している。ファクシミリで局の間を送信しその先は速達扱いで指定先に配達される。何の事はない、お互いにファックスがあれば済んでしまう事なのである。しかしながら、そこに商品価値が生じるのは郵便物としての形状と相手の手元にきちっと届ける丁寧さがあるからではないだろうか。電報にしても同じである。前時代的伝達手段であり、今時「ハハキトク」などと電報を打つ人はいないが、祝電や弔電のような形で立派に生き残っている。 ■元旦に年賀状を手にするのは楽しいものである。電話、ファックス、インターネットとパーソナルに扱える情報手段が発達して来たが、やはり年賀状には手に触れて味わう何かがあるようである。デジタルの時代にこそアナログ的ヒューマンウェアが大切だと言われているが、郵便物に限らず色々な業界に当てはまる貴重な視点かもしれない。行政改革では郵政問題で大もめをしたが、利権の守り合いの結果、名ばかりの改革で終ってほしくないものである。目が飛び出るような画期的方策を打ちだして、国民から”おめでたい”とではなく”目出たし、目出たし”と言われるようになってほしいものだ。

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