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写真と文 石川文平

 

No.32「プリテック・ステージ」1997年10月号掲載

 

屋久杉 その1

■宿を出たのは朝5時を少し回った時間だった。その日の天気予報では屋久島地方は晴れ。絶好の登山日和と思えた。縄文杉まで行く日帰り最短コースは約12時間の道のりと聞いている。宿で用意してもらったにぎりめしと雨具を確認して山に入った。このコースはいきなりトロッコ路から始まる。歩き始めるとすぐに激流を渡る鉄橋がある。高所恐怖症の人には薦められない。高さ数十メートルの鉄橋の上を、映画「スタンド・バイ・ミー」の子供達の様に歩いて渡るのである。前から汽車が来る心配はないが、下にはごうごうと音をたてる激流が見える。じっと見ていると吸い込まれそうにくらくらとなる。■歩き始めてしばらくすると、ぽつぽつと雨が降り始めた。屋久島の山中では下が晴れていても雨が降ることが多いと聞いていたので、いずれ止むだろうと歩き続けた。枕木の路は歩きにくい。延々と続くトロッコ路をひたすら歩くとやっと山道に入る。その頃には全身ずぶ濡れになっていた。思ったよりも激しい雨が断続的に降り、雨具のポンチョも役に立たない状況になっていた。山道は更に険しかった。原始林の中を分け入った足跡を頼りに歩く。木の枝や幹に赤いリボンで道標が着いている。人が踏み荒した状態で木の根が露出している部分が路である。平らで歩きやすい登山道など何処にもない。ぬかるみに足を捕られながら、ずぶ濡れで1時間程原生林の中を歩くと巨大なウィルソン株にたどり着いた。中には小さな社が祭られ、そのすぐ脇に清水が湧き出ていた。株の中心部はぽっかり穴が空いているが、20人以上はゆったり座れる。■このウィルソン株はアメリカの植物学者ウィルソン博士が大正3年に屋久島を訪れた際発見し世に伝えたといわれている。幹回り13.5m縄文杉に次ぐ巨大な杉の切り株である。こんな山奥まで入って巨大な切り株を発見したウィルソンさんは大したものだと思ったが、よく考えてみればそれより遥か昔にこの巨大な大杉を切り倒した人達がいるのである。どうして切り倒してしまったのかと惜しまれるが、今と価値観が違う時代のことであるから責めることは出来ない。この杉は天正14年豊臣秀吉の命で切られ献上されたと言われている。献上の際秀吉は「ご苦労であった」と言ったか「褒めてつかわす」と言ったかは知らないが、この場所に来るだけでも大変な上に、その巨大な杉を切り出し京都まで海を渡って運んだとすれば、その苦労は並大抵の事ではなかった筈である。秀吉はどれほどその状況を理解して褒め言葉を言ったのだろうか。いろいろ想像を巡らしているうち、自分もそんな立場で仕事を命じていないかと反省の気持ちが沸いて来た。 ■ウィルソン株の中の清水で喉を潤し、しばらく休憩をとった。美味しい水だった。縄文杉までこの先2時間近くの行程に、雨の止まない状況を思うと引き返す事も考えた。実際半数近くの人達がここから引き返している。縄文杉はそれほど奥にある。行くか戻るかしばらく思案したが、樹齢7200年のロマンにひかれて行くことに決めた。巨大な切り株から外に出ると、雨が激しく体に当たった。ここから先は更に険しいコースが待っていた。泥水の中に張り出した巨大な木々の根っこに掴まって、よじ登る自分の姿に、高速道路も電話もコンピュータもない純粋な自然の中での、ちっぽけな自分が見えた。そして、そのことに心地よさを感じた。深い原生林の中では、雨の音以外何も聞こえなかった。(次号に続く)

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