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写真と文 石川文平

 

No.20「プリテック・ステージ」1996年10月号掲載

 

親・おや?

■朝、車を出そうとしたら庭先で靴底にぐにゃりと嫌な予感を感じた。しまった!誰でも一度は経験のあるあれである。野良猫が増えた。猫は自分の排泄物の始末には土を掛けるのだが、わが家の庭では木の葉が掛けてあった。子供の頃飼っていたので猫は好きだが、わが家では絶対に野良猫に餌はやらない。ペットを捨てることも問題だが、無責任に餌を与えることも問題だと考えている。近くの公園には毎朝散歩に来ては野良猫に餌を与え、ひとしきり猫ちゃんと遊んで帰る主婦もいる。野良猫は今や公共のペット化し始めた。自分で飼わず都合のいい時だけ可愛がって責任も無いのだから、こんな便利なペットはない。猫には皮膚病が蔓延し、子供の砂場は格好の排泄場所となっている。■昔は、子供が猫や犬を拾って来て母親に叱られ、泣きながら大切な事は何なのかを学んだものであるが、公園で野良猫に餌をやっている母親の後姿からは何を学ぶのだろうか。街角に猫除けと称してペットボトルが並べられている。きれい好きの猫には格好の姿見で、ボトルの前で毎朝顔を洗っている猫がいるとか、ボトルを倒して中の水を飲んでいる猫もいたとか・・・?これが本当のペットボトルだなんてふざけてもいられない。 ■野生動物も人間に色々な事を教えてくれる。カモシカの母親は、吹雪の中では子供の風上に立ち、自分の体で一身に吹雪を受けて子供を守るそうである。人間にも通じる母性愛の例としてよく使われる話しである。ところが、動物画家の木村しゅうじ氏の話しでは実際は少し様子が違うのだそうだ。母親が風上でじっと吹雪に耐えている姿はその通りなのだが、実は子供の方が自分で母親の風下に回るのだそうである。どちらでもいい様に感じるかもしれないが、人間が美談とする母親像が少し違うのではないかと氏は言う。動物を観察していると、人間がいかに自分達の都合で動物を解釈しているかがよく分かるという。人間は、子供の教育に他の動物とは比較にならない程長い時間をかけるが、その割に自活力が育たない。多くの動物は1〜2年で大人になり自活して子孫を残す。だから動物の子育ては合理的だと言う。カモシカの話しもそうであるが、親は子供が自ら努力する姿をじっと見守り、本当に危険なときだけ厳しく叱る。人間もこれまで多くの親はそうしてきた。最近の若者の自活力不足は親の干渉のし過ぎに有るようである。衣食足りて礼節を知るというが、足り過ぎても良くないようだ。動物の子育てを見習うべきかもしれない。■教育熱心なあまり干渉過多の親がいるかと思えば、パチンコに熱中しすぎて子供を死なす親もいる。子育ての前に親育てが必要だとも言える。コンピュータやロボット化は今後益々労働時間を短縮させる。古い例えだが、あの代表的国民番組”おしん”の時代を思えば、今は天国の様な時間の余裕である。この贅沢なほどのゆとりを、自分も含めた世の親達が、もっと己を磨く為に使うべきではないだろうか。光陰矢のごとし。野良猫に餌をやり、パチンコで時間をつぶす老後の自分を想像したくはないものである。

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