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写真と文 石川文平

 

No.12「プリテック・ステージ」1996年2月号掲載

 

文殊の知恵

■「三人寄れば文殊の知恵」知恵者の代表格の一人として有名なこの文殊菩薩さまは、インドに出生した実在の人物に起因するそうだ。凡人も皆で知恵を出し合えば文殊菩薩ほどの答えが出せるという例えであるが、近ごろ『もんじゅ』と言えば、ナトリュウム漏出事故の原子炉がもっぱら有名になった。「高速増殖炉」、『もんじゅ』の場合正式には「高速増殖原型炉」と言うのだそうだ。舌を噛みそうな名称である。この文字を読むのはアナウンサーも嫌がっているようで、少し前のニュースでは沢山これが飛び出したので気の毒であった。■21世紀に向けて、世界は経済の仕組みや資源の問題等大幅な見直しに入っている。インターネットをはじめとしたネットワーク網の発展等、これからの世界は最小限の物流で最大限の経済効果を生み出す仕組みが作られる。エネルギー大量消費経済も当然改められて行く筈である。物質的価値観から精神的価値観へと、意識の変化が始まろうとしている今、安全面を先送りしてまで、原子力エネルギーの開発は不可欠なのだろうか。世界に誇る技術を持ったエリート集団が事故を隠そうとしたことで、子供にも笑われる様な低レベルな嘘と、マスコミからも随分非難された。文殊の知恵にあやかろうとしてか、優れ者との自負心からか、つけた名前の『もんじゅ』は、結果として最大の皮肉になってしまったようである。原子力を開発し、コンピュータを作り、宇宙に飛び出した人間の知恵も、文殊さまから見れば、まだまだ浅知恵としか映らないであろう。 ■文殊菩薩は、般若経典を編集したとつたえれている。般若と言えば、怖い般若の面を思い出してしまうが、あの表情は女性の嫉妬心を表わしたものなのだそうだ。その能面を創作した人の名が、般若坊というところから来ているらしい。般若坊の創った面、つまり、般若の面となった訳である。その般若とは仏教用語で、「あらゆる物事の本来のあり方を理解し、真理を認識する知恵」(日本語大辞典)という意味だそうだ。つまり、知恵とは物事の本質、真理を認識することから生まれるものなのだろう。文殊さんの知恵にあやかるならば、エネルギー問題の真理を追求し、小手先の安全論議ではなく、将来を見据えたエネルギーサイクルを考えたいものである。■自然は、地球上で環境のサイクルに乗って生命を育んでいる。人間もそのサイクルの中にいる筈なのに、別格意識が強い。地球に植物が育ち、土壌を作り、海を豊かにし、虫を鳥を動物を育み、土に戻る。このサイクルに入ることが原理原則であることを、文殊さんは数千年前に悟っていたのかも知れない。人間が自分達だけの為に作り、便利だと考えた物が、永い将来本当に人類の為になるのだろうか。原子力ばかりでなく、あらゆる物の本質を見直す時代なのかもしれない。

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