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写真と文 石川文平

 

No.11「プリテック・ステージ」1996年1月号掲載

 

仮想都市

■「元旦や 晦日を一日過ぎただけ」こう考えてしまえば元旦も、味気ないものになってしまう。初日の出、初詣、初荷、などなど、正月の初もの意識は楽しい。初日の出を、単なる地球の自転の365分の1回分と考える事も出来る訳だが、それでは普通の夜明けになってしまう。日本人が初日の出を拝むのは何故だろうか。きっと無意識にも、八百よろずの神の一つとして、手を合わせているのであろう。「勿体ない」とか「ありがたい」と言う感謝の表現も最近死語になりつつあるが、初日の出の前では、そんなありがたみをどこかに感じているのだと思う。万歳をしたり「やったー」と飛び上がったり、表現は様々だが、新しい年の夜明けと自分の存在に、何故か感動が走るのが不思議である。■年に一回、初詣の時にしかお参りをしなくても、今年はどんな年になるかと神様にたずねたくなる。神様とは程遠い巷の話しでは、今年はインターネットをはじめとして、マルチメディア関連が急激に動き始めると言われている。特に最近は、インターネットビジネスが話題になっているが、ある所で計画されている仮想都市構想が面白い。先ず、仮想都市バーチャルシティーをコンピュータ上に作成し、ユーザーはその都市に市民として登録する。銀行も学校もスーパーも、映画館でも印刷会社でも何でも開業する事が出来る。その町は三次元の立体画像で表現され、空き地に会社を立てる事も出来れば、ビルの一室を借りて店を開業することも出来る。内装や商品のディスプレーは経営者の工夫次第である。市民になったユーザーはその町を自由に歩き、買い物や映画鑑賞など楽しむことが出来る。興味深いのは、市民の顔が登録されておりその町に来ている人と店内や道路上で出会ったりすれちがったりする。無論、会話も出来るから、複数の人達と行動を共にしたり、デートや待ち合わせも出来る。そうなると買い物ばかりでなく人との交流を求めて、その町に繰り出すユーザーも出てくるであろう。従って、その町のルール(法律)もおのずから必要になる。 ■この仮想都市、相当緻密で大規模な計画の様だが、規模やシステムの差はあれ、幾つかの企業が似たような計画をしており、若者達を対象に既にスタートを始めたところもある。当初はそれほどハイレベルな画像処理ではないようだが、いずれプログラムやハードの改良により、現実に近い表現や感覚が可能になるに違いない。もしこんな都市が出来たら、こんな事もあんな事もと考えると、夢があって楽しい。リアルさを追及して行けば、ここで迎える元旦にも初日の出を拝むことが出来るかも知れない。だが、はたして何らかの感動を味わうことが出来るだろうか。仮想都市の中で面白おかしく遊んでいても、嫌になったらプツンとスイッチを切ればよい。■コンピュータには感情が無い。平成八年元旦は、紀元728674日目ということだけである。事実の積み重ねは地球でも宇宙でも、淡々と経過しているに過ぎない。従って、感動はその事実を受け止める側の情操である。”コンピュータと対話する”という言い方があるように、人間よりも正確で従順な機械に仲間意識を感じ、ややもすると無感動なことが価値のような錯覚に陥る。昔見た「砂漠は生きている」という映画のラストシーンに、山猫がサボテンの上で沈む太陽をじっと眺めているシーンがあった。私にはそのとき、人間以外の動物にも感動という情操感が備わっているに違いないと思えた。沈む夕日も初日の出も、淡々と事実の時を刻んでいる。

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