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修行の巻七

 

天気のいい日は庭に出てひなたぼっこである。薄暗い中に長時間いると陽の光がなんと素晴らしいものかと改めて感じる。11月初旬の秋真っ盛りの時期だから、景色も鳥の声も美しくひなたぼっこには最高だった。天気の良い日は、昼食を終えるといそいそといつものベンチに向かう。陽の光、風のそよぎ、鳥の声、身体に感じるもの全てが気持ちいい。
まずはごろりとベンチに仰向けになり、雲の流れを楽しむ。青い空に白い雲、自然は何と素晴らしい組み合わせを与えてくれるのだろうか。もし、空が茶色で雲が緑色だったらどうだろうか。そんなおかしな想像をしたりしながら鳥の声に耳を傾ける。シジュウカラやホオジロのリズミカルな鳴き声に、かん高いヒヨドリやモズの高鳴きが変化をつける。時々近くの薮でコジュケイが騒いだりする。陽なたぼっこはのどかなひとときである。仰向けに飽きるとうつ伏せになる。ベンチの下の芝と雑草の入り交じった地面に、テントウムシやカメムシなど色々な虫がやってくる。シャクトリムシの赤ちゃんみたいなのがノッコリノッコリ歩いているのを10分も20分も飽きずにながめる。子供の頃こんなことしてたなとふと思い出す。
しばらくして近くにアリの巣があるのを発見した。アリを見ているのはけっこう面白く、だんだんと深みにはまってしまった。アリの移動のし方を見ていると、林立した草の間の地面を進むのではなく、草を登りそして降り、草から草へ渡り、小石を回り道して少しずつ進むのである。同じ場所を2〜3度ぐるぐる廻っていることもある。だからアリがこの場所で20〜30センチ移動するのに5分も10分もかかる。人間の一歩の距離を移動するのにここでの彼等は20〜30分かかるのである。頭の左右に大きな眼のようなものがあるのだが、どうやらその眼はほとんど見えないようだ。私が彼等の真上に顔を突き出し、一瞬に陽が陰った状態になっても無反応である。アリの顔の真ん前に指を突き出しても全くおかまい無しである。私からはアリが見えるが、アリからは私が見えない。まるで人間とアリとの住む次元が違うかのように思える。同じ地球の同一の地面に存在しても、普段それぞれが存在を意識しながら生活しているわけではない。ところが人間は、こうして意識を絞り込めばアリを認識しアリの動きを観察できる。しかし、アリは人間を認識することはないのだ。アリにとって巨大な人間の全体像など認識できようはずがない。そう考えると、自分とアリとの関係が摩訶不思議なものに思えて来る。

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