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写真と文 石川文平

 

1995年3月

 

阪神淡路大震災 下

地震は南北方向に激しく揺れた。従って、東西方向に長く並べていた設備が倒 壊している。一定方向の揺れというのは、阪神大震災の特徴なのか地震一般的 なのか、専門的な事は判らないが、あの崩れた高速道路も東西方向に伸びてい たそうである。受注生産業として、服部プロセスも一日も早く作業が再開出来 るように立ち上げを急いだ。メ―カ―や業者に協力してもらい、突貫で修復工 事を行い、1週刊後には仕事が再開出来るようにまでした。製版設備の中では 、特にスキャナの被害が大きく、倒壊したスキャナは修理も検討したが、新鋭 機に入れ替えたそうである。原稿ドラムも床に散乱し、修復は相当大変だった ようだが、ドラムの傷は表面のオ―バ―ホ―ルで使用が可能になった。印刷会 社では、数トンある印刷機が床に固定しているボルトを引きちぎって移動した そうだ。服部プロセスでも校正機が大きく動いて、部屋の壁を打ちぬいていた 。印刷業は納期が重要である。被災当日に下版予定のものもあったが、不可抗 力の災難にあった時に、事情を理解してくれるのは世の常である。出来る限り の都合をつけあって処理し、途中で戻さざるを得なかった作業に対する支払も ちゃんと行ってくれた事に、社長は感謝をしていた。被災によって起こった事 業上の問題点は幾つもあるが、最も大きな問題は、極端な受注の低下であった 。受注対象の営業地域の殆どが被災地であり、予定されていたイベントや新規 事業も中止や延期になり、経済活動は被災後、一時停止の空白状態が続いたわ けである。交通機関の寸断や道路の渋滞で、大阪等近隣からの受注も思う様に いかなかった。渋滞回避策として見直した車両通行許可制度も、5ナンバ―の 営業車は許可にならず、行政に交渉したが「営業活動は歩いて行ってほしい」 との答えで、製版営業の事情を考慮してもらえない。製版の営業は、入稿や下 版等の配送も兼ねており、しかも時間に追われて何社も回らなければならない 。仕方無く、4ナンバ―のワゴン車を数台購入したそうであるが、無駄な出費 を余儀なくされた。ライフラインの停止も、作業上大きな問題であった。社内 を案内してくださった服部敬二氏が、屋上に置いてあった大量のポリタンクに ついて、「製版がこんなに水を大量に使う仕事だったとは思いませんでした」 と話てくれた。機械設備類は社内努力で復旧出来たが、水についてはどうにも ならず、営業がポリタンクに水を詰めて、毎日大量に運んだそうである。トイ レも同じことで、水洗の不便さを改めて経験した。電話も、コンセントから電 気を取っているので、回線が繋がっていても電気が通じるまでベルが鳴らなか ったと苦笑していた。普段当たり前と思っている事も、ライフラインの停止で 改めて文明依存の高さを感じさせられる。 人間は地球上で、自分たちの都合に合わせて欲しい物を手にいれ、不便を解消 してきた。しかし、天災にはなす術も無く、掘り返された蟻塚の蟻のように逃 げ惑い、災害が落ち着けばまた新たな生活を形成する。文明を持った人間と言 えども、地球上に住む全ての生き物と同じように、平等な条件が与えられてい るのである。普賢岳の噴火も、奥尻島の津波も、そして神戸の震災も、地球上 のあらゆる地域で、ひたすら繰り返されて来た歴史の一コマとも言える。この 一見無駄とも思える繰返しが、人間が成長して来た原点ではないだろうか。「 天災は、忘れた頃にやって来る」と言われるが、いつ来るか判らない災害に対 して、普段から緊張し不安を抱き続けていてる訳にはいかない。人間は、直面 した事実に対して、以外と冷静に物を見る事が出来る。パニックは、結果に対 してではなく、どうなるか判らない不安に対して起きるものである。大切なの は、心がけより行動である。準備であり、対応であり、復興に対する意欲と希 望であろう。今回の阪神大震災を通じて、何を学びどう対応するかは、さまざ まな判断が有るだろう。苦しい経験を乗り越えた人ほど、成長すると言われて いる。この災害をバネに、被災地がよりすばらしい街に復興することを信じて やまない。

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