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写真と文 石川文平

 

1995年3月

 

私の見た阪神淡路大震災 中

■訪問先のビルは、新築1年目でしっかりと建っていた。両隣りのビルは無残 にも傾き、その新築ビルにもたれ掛っている。新築とそうでないビルの明暗が はっきり分かれたシ―ンである。中に入ると、ビル内はもう殆ど片付けられ、 訪問先のフォトライブラリ―事務所は、何事も無かったかの様に整然としてい た。社長の話を伺いながら備品をよくよく見ると、1年前の移転時に入れたば かりの新品の写真保存用ロッカ―が、あちこち凹んだり歪んだりしている。資 料棚も桟が折れているのを繋いで使っていた。「先ずは間に合わせでもオ―プ ンする事に努力しました、うちは新築のビルに移ったばかりでまだラッキ―な 方です。焼けたり倒壊してしまった建てものの事業所は悲惨ですよ、空き室を 借りたくても借りられない状況ですからね。」■地震当日社長は大阪の自宅に 居たが、自宅でも家中の家具が倒れ復旧には随分時間がかかる状況であった。 幸い怪我人も無く、自宅の方は奥様に任せられる目度がたったので直ぐに会社 に駆けつけたそうである。会社に着くと、ビルはしっかり建っていたので先ず は安心出来たが、新築の最新鋭ビルであるが為の以外な問題に出会った。それ はビルの中に入れない事、つまり電気ロックでビル管理をしているために停電 では玄関のドアが開かないのである。毎日ビルの前に様子を見に来て、中に入 れたのは3日目だったそうである。倒れた備品等の整理がいかに大変だったか は想像していただくとして、パソコンが以外に丈夫であったことに社長は感心 し喜んでいた。フォトライブラリ―にとって、パソコン内のデ―タは重要であ る。貸出、返却、請求全てのデ―タがビジネスのベ―スになっている。バック アップデ―タを、安全な場所で保存していたかどうかは聞きもらしたが、どん な事業所にとってもデ―タの破壊は大問題である。バックアップデ―タの分散 保管を徹底すべきであろう。■会社はオ―プンしたものの、ビジネスは殆ど停 滞したままの状況のようだ。フォトライブラリ―は、製版、印刷とくらべて顧 客数が多い、震災25日後に顧客に連絡をとったところ、約3割が連絡不能で あり、40日後でもまだ約1割の顧客に連絡がとれないそうである。「これか らが大変なんです、車にはねられた人が必死に起き上がって、『大丈夫大丈夫 』と云っているあれですよ、その時は緊張しているからすぐに立ち上がろうと しますが、後であちこち後遺症が出てくるんです。神戸の人たちも今必死なん です。少し冷静になって先の事を考えると、売り上げの回収や資金繰り等不安 がどっと押し寄せて来ますよ、そんな時、うちはまだ良い方だと思うようにし ています。」3人の従業員の内2人を解雇したそうだ。行政は、4ケ月経営を 維持出来ない事業所に対しては、従業員の解雇を勧めているそうである。その 理由として、国の補助が可能になる時期が4ケ月後になるからだそうだ。なん とも悠長な構えであるが、失業保険の手続きの方が簡単で早いと云う事なのだ ろう。マスコミは、解雇される側の問題を主に取り上げるが、この緊急時に必 死に事業を維持しようとする企業に対して、一面的に責めることは出来まい。 自分がその立場であったらと、感慨も深く三宮を後にした。■次の訪問先は、 最も被害が大きいと言われた長田区にある。JR兵庫駅からタクシ―で、訪問 先の服部プロセス(株)に向かった。途中、火災で消失した地域を通ったが、一 面の焼け野原に、鉄骨と傾いたビルがポツンポツンと点在している。服部プロ セスも新築のビルで、崩れたビルや建て物に囲まれていたが、しっかりと建っ ていた。隣のビルは、複数階がグシャリと潰れ、手の施しようのない状況であ る。この様な地域であるから、建て物はしっかりしていても中の機械類は相当 な被害状況である。ほぼ約束の時間に会社を訪れると、服部社長が快く出迎え てくれた。挨拶もそこそこに、早速、被災当日の機械類の倒壊状況を撮った写 真を見せていただいたが、その状況は凄まじいものであった。(続く)

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