文平の散文詩
散文詩
エッセー
ポレポレ

写真と文 石川文平

ホロンボハットを出発すると次のロッジが最上部の宿泊地キボハットである。少なくなった潅木の道を数キロ歩き、大きく左に曲がると、広大な砂礫の大地と、正面のキリマンジャロに続く一本の道が現れる。標高4300m程の地点だが、そこには植物の姿は殆どない。私達は砂漠を行くキャラバンのように、サドルと呼ばれるその地帯をマウエンジ峰を後ろに延々と行進する。
マウエンジ峰はキリマンジャロに隣接する5150mの山である。キリマンジャロとは対照的に、切り立った岩山で人を寄せつけない険しさを感じさせる。
キボハットの山小屋に着いた時には何の問題もなかった。その日はどんよりとした曇り空で、キリマンジャロもマウエンジー峰も雲の中に山頂を隠していた。夕方になって一瞬の晴れ間に現れたマウエンジー峰は、夕日に輝き、青の中に浮かぶ岩肌が幻想的だった。 キボハットからのスタートは深夜12時30分。カメラ機材はポーターに持ってもらった。登頂を目指すには出来るだけ負荷を少なくしたかった。私のポーターは麓のチャガ族出身だと言った。気のいい青年だった。名前よりもチャガ族のチャガの方が印象に強く、私は彼をチャガと呼ばせてもらった。しばらくは同行メンバーと一緒に歩いていたが、じきに遅れ始めてポーターと私の二人旅となった。キボハットを出てから小水が出なくなった事に気付いた。岩かげに行っていくら水道の蛇口を開いても、いっこうに水が出てこないのだ。高度順化には深呼吸と水分の補給だと教えられていたので心掛けていた。水道の断水も高山病の典型症状だ。殆どの人が頭痛がつらいと言っていたが、私の場合不思議な事に頭痛は無いのである。人よりも脳みその量が少ないから頭痛がないのだろうと納得する事にした。 4、5時間程歩いて無性に眠くなった。日の出にはまだ時間があった。大きな岩影でひと休みしたが、眠さをこらえきれずに少しだけ横になった。持って来たポンチョを被ってキリマンジャロでビバークだ、などと浮かれてみたが、どうもこれがあまり良くなかったようだ。
チャガが私を起こした。日の出の写真を撮りたいと言っていたのを覚えていてくれたのだ。1、2時間寝てしまったのだろか。午前6時半マウエンジ山の山頂すれすれに光の帯が走っていた。美しい黄色い光は雲海と宇宙を結ぶ帯の様に見えた。しばらくすると一点から光が放射し始めて太陽が顔を出した。空の色がオレンジ色からピンク色に変化し始めた。
アフリカの赤道直下5千数百メートルから見る光のスペクタクルである。私は、陽の光を浴びながら大きく深呼吸をした。キリマンジャロのエネルギーと太陽のエネルギーが身体を充満して流れた。
よし、もう一頑張りだ。山頂を見上げた、あの先がギルマンズポイントか。左右を見ると遠くの岩肌の合間に解け残った小さな氷りの固まりが見える。昔はこの辺り迄氷河に被われていたのかもしれない。氷漬けの豹はともかくとして、赤道直下の氷河は見たい。はやる心とはうらはらに、頂上を目指す歩みは遅々として進まない。チャガは私の後ろから、ポレポレキリマンジャロ、ポレポレキリマンジャロとリズムを作ってくれる。しばらく歩くと休みたくなる。今度はポレポレハリアップと休まないようにたしなめる。ストックで身体を支えて大きく深呼吸をする。また山頂を見上げる。山頂付近には月が出ていた。 (続く)